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タンザニアからの手紙 No.22  満足死の思想

金山 麻美(かなやまあさみ)

 「満足死―寝たきりゼロの思想」という新書を読んだ。著者の奥野修司さんが、高知県の小さな町に赴任した疋田医師の「満足死」という思想と実践を中心にルポルタージュした本である。疋田医師が赴任当時には50人近い寝たきり老人がいたが、わずか2年で5人となり、現在は2人しかいないという。

 本人が希望したとおりに死ねるというのが「満足死」だそうだ。「尊厳死」とは違う。10人いれば10通りの死があるという。本書によるとその町の住人の意見では「死ぬまで元気でいて死ぬ時は自宅でぽっくり死にたい」という死に方なら満足だというのが圧倒的だったそうだ。疋田医師が言うには「元気で死のうと思ったら死ぬまで働くこと」。金のために働くのではなく、健康のために働く。それが社会や家族の役に立っていれば、人生が充実しさらに元気になるということだそうだ。

 疋田医師自身、かなりの年齢なのに、やってくる患者はもちろん、生活習慣病を治すために往診を積極的にし、患者の私生活にまで関わりながら、早朝から夜遅くまで、今でも精力的に仕事をしているらしい。その結果の寝たきり老人の激減なのだ。行政と折り合いが悪いなど、疋田医師自身の人間臭い面もいろいろと語られ、読み物としてもおもしろい。

   自宅で満足して死ぬには家族の存在が、ほぼ不可欠だろう。日本は核家族化が進み、肉親の死などにも立ち会えないことがおおいのではないか。また、本書に出てくるデーターによると実際に親が寝込んだ時に世話をした子どもは、イギリス40%、ドイツ50%に対し、日本はわずか20%だったということだ。

 タンザニアはどうなのだろう?と読みながら考えていた。タンザニアの平均寿命が50歳前後と低く、それは乳幼児死亡率の高さとエイズやマラリアなどの病気の死亡率の高さからくるものであろう。その分、生き抜いた年配者は元気な人が多い気がする。お年寄りは自分の生まれ年がはっきりしない人が多いので、実際の年齢は分からないことが多いのだが、とくに田舎の村に行くと、自称80歳、90歳などという方々が畑仕事や家事をしていたりする。

 タンザニアは地方に行けば行くほど大家族で暮らしているし、都市に核家族で住んでいるひとたちでも、実家、兄弟、親戚との結びつきはとても強い。家族の幅がとても広いのだ。お年寄りを敬う気持ちや習慣もあり、家族に病人がでると、お金を持っている人が医者の費用を出し、手の空いている者が看病をし、まさに一家総出といった感じで世話をすることがよくある。

   ジャタツアーズのスタッフのアレックスのお母さん、アパティキシさんは1999年に66歳で亡くなった。癌だったのだが、病気の原因が分かってから、10人いる子どもたちが、母の住むふるさとのキリマンジャロの村で家事を手伝ったり、コーヒー畑の世話をしたり、いい病院や薬をさがしたり、医者を呼んだりと、役割は違えど、総出でアパティキシさんのお世話をしていた。

 アパティキシさんも調子のいいときは農作業をしていたそうだ。そして亡くなる直前まで、多くの見舞い客と挨拶を交わし、畑の肥料の指示などを子供たちに与えていた。

 体が利かなくなるまで働き、おおくの家族に慕われて見守られながら逝くタンザニア人の死は、まさに「満足死」ではないのだろうかと思うのだが…。

 しかしタンザニアは日本の比ではなく、「死」というものが、ご近所さんのような感じで存在しているのも事実だ。若くしてエイズにかかり、家族を悲しませ、自分も苦しみながら死んでゆく人もいるし、子どもが病気であっけなく死んでしまうこともよくある。総体としてタンザニア人の死は「満足死」とは、とてもいえないものが多いだろう。

 と考えると、日本でもインフォームド・コンセントとかQOL(クオリティオフライフ)とかいう言葉が出てくるずっとずっと前、年をとっても、家族の元で働き続け、大勢の家族に見守られながら自宅で息を引き取るというケースが多かったのではないかと思われる。それは、「満足死」ではないのだろうか。

   現在の日本は長寿になり、核家族化し、食生活などが贅沢になったために、生きることや生活にひずみが出てきてしまったということなのだろうか。

 死が身近でなくなったせいで、死というものをもう一度捉えなおさないといけなくなったということなのだろうか。

 多くの人が「満足」して死んでゆける世の中とはどういうものだろう。「先進国」の轍を踏まない第3の道がないのだろうかと考えているのだが。

*「満足死ー寝たきりゼロの思想」奥野修司著 講談社現代新書 

*著者の奥野さんに「認知症」のひとたちのことについて質問の手紙を送ったら、お返事をいただいた。 「認知症」と診断された方たちは、自分で判断できないからというのが理由で「満足死の会」には加わる ことができないそうだ。(*「満足死の会」について知りたい方はどうぞ本をお読みください) 残念な気もするが、そうだろうなという気もした。なにより丁寧にお返事をくださった奥野さんに感動した。

                                              (2007年4月15日)

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