白川
タンザニアからの手紙 No.50 諦めない人への応援歌 楠原彰『学ぶ、向きあう、生きる~大学での「学びほぐし」、精神の地動説のほうへ~』
金山 麻美(かなやま あさみ)
著者の楠原さんはアフリカの教育を研究しようと思ったこともあったという。でも、それよりも目の前の学生たちと真剣に向きあうことを選んだ。 楠原さんは、日本の反アパルトヘイト運動と深く関わってきた。自分の中にある豊かな可能性に気づく回路を奪われている日本の若者たちと、アパルトヘイト政権下で苦しめられていた人びとの問題はつながっているという。
見えない隣人と出会うことからはじめようという総合講座『差別とアイデンティティ』の開講。そこには、「重度脳性マヒ者であることを引き受けて生きる利光徹」さん※が、学生たちに「わたしの物語」をぐいぐいと突き付けにやってくる。利光さんだけでなく、非差別マイノリティといわれる人びとがやってきて自身の物語を語っていく。その中で、学生たちも変わっていく。自身がゲイだということを楠原さんにカミングアウトする学生もあらわれた。
そのMくんと著者の書簡のやりとりがとてもいい。「カミングアウトは、たんなる告白ではありません。突然のびっくりするような強風で片付けられるものではありません。された側とした側が、そこからさらに新しい関係を築くことが、最終的な目的だと思うのです。互いの存在そのものが響きあうことなのです」というMくん。その返信を読んでみたくなりませんか?
また、「若者たちの挑発を受けて」という副題のもとで『人間の<差別>を考える10のテーマ』という章も設けられている。「差別のない社会を!」ではなく自分たちをいっそう豊かにするために「差別と向き合って、堂々とたたかえる社会を」という提言をしてきたのも学生だったそうだ。わたしもなかなか払拭できない自分自身の差別意識が見えてきて落ち込むことが多々ある。差別のない社会は無理だとしても、それを「日常のまだるっこしい出会いと関わりあいの中で」克服しようとしていくことはできると。
終章では、インドやタイへのスタディツアーや岩手の森での間伐を体験した学生たちが変わっていこうとするようすが描かれる。異文化や自然の厳しさと人びとの優しさに触れながら、もっと世界とともに生きたいと思うようになっていく学生たち。希望の見える話でうれしくなる。
エピローグは『3・11後を生きる』。震災後すぐに被災地を歩いた筆者は、巨大なシステムに依存しきらないで生きようよと説いている。巨大システムの一つ原発や沖縄の米軍基地の存在などを許容してきた自分たちを顧みて、そうでない生き方を模索していこうと。「それでも、ヘコタレズに生きていこうよ!」と。この物語はまだまだ終わらない。紡いでいくのは、わたしたちなのだ。
著者の思いがたっぷり詰まったこの本は、「未然の可能性」を秘めた若者たちと大人たちへの応援歌である。
楠原彰『学ぶ、向きあう、生きる~大学での「学びほぐし」、精神の地動説のほうへ~』 (太郎次郎エディタス 2,000円プラス税)
※2011年には楠原さんは利光徹さんとその友人たちとともにタンザニアの大地や農村を歩きに来た。 その旅行記はこちらに
(2013年5月15日)