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  • 執筆者の写真白川

タンザニアからの手紙 No.53 『アメリカにいる、きみ』-深く長い川を超えるためには-

金山 麻美(かなやま あさみ)

 1977年生まれのナイジェリア出身の作家C.N.アディーチェの短編集『アメリカにいる、きみ』を読んで「男と女のあいだには、深くて長い川がある」っていう歌詞を思い出していた。この場合は「男と女」のかわりに「アメリカとナイジェリア」が入るのだろう。

 中身のぎゅっと詰まった読み応えのある短編集である。舞台はラゴスだったりフィラデルフィアだったりロンドンだったりするし、時代も現代、ビアフラ戦争前や戦争中など話によっていろいろだ。この短編集を翻訳した、くぼたのぞみさんが「これまで発表された短編作品のなかから十編を選んで訳した日本語版オリジナル短編集」なのだそうだ。なめらかな日本語でこれだけの力作をいっぺんに読めるのはすてきなことだ。

 最初の3編(『アメリカにいる、きみ』『アメリカ大使館』『見知らぬ人の深い悲しみ』)はすごく重い題材を扱っていて、読んでいてつらくなるくらいだった。ナイジェリアのしんどすぎる現実をわざわざ捲って見ているような。  ビアフラ戦争前の暴動時でのムスリムとクリスチャンの女性の出会いを描いた『スカーフ-ひそかな経験』は、過酷な状況下でも対立を乗り越えた世界があるのだと知らせてくれる。若い移民の恋心を描いたほのぼのとした話もある。  主人公は、すべてナイジェリア人。老若男女様々だが、それぞれの心の細かい襞まで伝わってくるようだ。若い作家の力量のすごさに驚く。

 だけどこれは、アフリカ文学と呼べるのだろうか。教育があり、経済的に恵まれた地位にいたり、アメリカへの移民というチャンスをつかんだ主人公が多い。ナイジェリアの過酷な歴史や現実や食べ物や生活などの文化の描写も多いけれど、その現実を知らない人向けの解説のようでもある。つまり、小説自体は、アフリカ人向けではなく、欧米人向けに書かれているのだなと思えた。ナイジェリアの一般庶民の読者が読んでおもしろいのかどうか、日々しんどい状況に置かれている人がこの小説を楽しめるだろうか。

 アディーチェは現在「イェール大学に籍をおき、ナイジェリアと米国を往復しながらアフリカ学の博士号を準備中である」という。小説を書くというのは特殊技能だろうから、どうしても教育があり、機会に恵まれた(とくにアフリカなど南の世界では)人によるものになってしまうのだろう。彼女の描くのも確かに「アフリカ人の目線を通した」アフリカだろうけれども、それだけではないだろうと、(なにか釈然としないもの)を感じる。

 タンザニアがちょくちょく登場してくる。主人公の「彼」のアメリカ人がタンザニアにいたことがあったり(『アメリカにいる、きみ』)、同じアパートの住人のアメリカ人女性がタンザニアに三年いたことがあり、名前もニナというタンザニア人の名前に変えていた(『新しい夫』)とか、「ビアフラ戦争を支援する勇敢なフランス人とタンザニア人」という描写もあった(『半分のぼった黄色い太陽』)し、主人公の姉の政治主張が「もしもすべての国々が異文化との接触によって『部族意識』を捨てるなら、タンザニアの初代大統領、ジュリウス・ニエレレが唱えたパンアフリカンな社会主義を選択するなら、アフリカが抱える諸問題は解決するだろう」(『スカーフ-ひそかな経験』)だったりしていた。  イボ人の著者にとってビアフラ共和国の独立を支援、支持した平和な国タンザニアは、思い入れのある国なのだろうか。

  つい先日もナイジェリアでのボコ・ハラムによる学生寮襲撃事件で50人以上の男子生徒が殺害されたとのニュースが流れた。小説の中だけの話ではない。現在進行形で暴力は続いている。平和なタンザニアも時代の波に押されつつある。

 ナイジェリアとアメリカ、「途上国」と「先進国」、それぞれの国に住む人びと、経済的に豊かなナイジェリア人とそうでないナイジェリア人、いろんなところに深くて長い川が流れている。本書を読んで、どうやったら舟を漕ぎだせるんだろうかと、いろいろと考えてみる。

 御託を並べてしまったけど、何やかや言う前に、読みやすく、とてもおもしろい短編集なのである。ぜひ手に取ってほしい一冊だ。

 C.N.アディーチェ著、くぼたのぞみ訳『アメリカにいる、きみ』(河出書房新社、2007年9月刊、1,800円)

                                                     (2014年3月15日)

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