• 白川

タンザニアの片隅で 第9回 チンパンジーの森を訪ねて

鈴木沙央里(すずき さおり)

 キゴマの空港に降り立ったとたん、思わず「わぁー」と歓声をあげてしまった。 真っ青な空の下に、何もない、だだっぴろーい空間。建物へと続く通路沿いには色鮮やかな花が風に揺れていた。待合室も、ソファーを置いただけの小さな空港。8月の半ばのある日、のどかにたたずむキゴマの空港に降り立った。私はゴンベ渓流国立公園を訪ねるJGI-J(ジェーングドール・インスティチュート・ジャパン)のツアーに同行した。  空港をでると目の前には赤土色の大地がひろがる。次第に家があらわれ、元気いっぱいに裸足で走り回る子どもたちの姿も。車が通ると、きゃっきゃっと喜び、手を振る彼らの間をぬけ、車はタンガニーカ湖畔にある旅行社の事務所へ。ここからゴンベまではボートで約1時間半の水上の旅。

 ゴンベ国立公園は、ブルンジとの国境近く、タンガニーカ湖に面してある。国立公園のひとつだが、ダルエスサラームからのアクセスも悪く、セレンゲティやンゴロンゴロに比べて圧倒的に観光客は少ない。弊社でも、研究者の方をのぞけば1年に2,3度手配するかしないか、というくらいである。  私がゴンベを知ったのは、「地球交響曲」という映画に出会ってから。星野道夫さんが訪れ、その著書で紹介していたゴンベは、私にとってなんとなく憧れの場所であった。

📷 ゴンベからみる夕日  真っ青な空の下、ゆったりとボートは進む。海をも思わせるはてしなく続く湖。目の前に連なる山。青と緑のコントラストの中、「ああ、いいところにきた。」とりあえず、こんな大自然にいだかれながらの船旅に、とてつもなく幸せな気持ちになる。ボートの中では、これから私たちのお腹をみたしてくれることになるだろう鶏が鳴いていた。

 そろそろかな、そろそろかな、山肌がむき出しの赤茶色から緑にかわるところが国立公園との境界線だった。ようやくゴンベ国立公園の看板がみえ、動く動物の姿に興奮ぎみの、参加者の方々を横目に私はやや船よいぎみ。 すると、空港で落ち合うはずだったJGIタンザニアのアントニーさんが小さなスピードボートで登場。行き違いになってしまい、私たちのボートが先に出発してしまったのだが、JGIの小さなボートで追いかけてきてくれたのだ。  こちらの手違いもあったので申し訳なくも、アントニーさんは穏やかな物腰で、私たちをあたたかく迎え入れてくれた。アントニーさんはイギリス人だが、もう何年もゴンベでヒヒの研究をしていて、スワヒリ語も流暢に話す。ゆっくりとおだやかにスワヒリ語を話すアントニーさんに、地元の人々も敬意を抱いている様子が感じられた。まもなくゴンベ国立公園のゲートが現れ上陸。ついたのは夕日が湖に沈みはじめるちょっと前。  旅していた頃とはうってかわって、都会暮らしの私には、とりあえず、果てしなく広がる湖と、目の前に広がる森、さえぎるもののない星空が、何よりの栄養補給源。夕方の、湖での水浴びがまた、最高だった。

 そして翌朝からはいよいよチンパンジートレッキング。人数の関係から2グループに別れて山に入る。アントニーさんと同じくJGI-タンザニアのスタッフであり、研究者でもあるタンザニア人のシャドラックさんが同行してくれ、グループはそれぞれ別々のルートをとることにした。「これはチンパンジーの寝床」「これはチンパンジーの糞??」などの説明をうけながら一同チンパンジーの影を追う。チンパンジーには出会えずに、私たちはジェーンズピークを目指した。ジェーンズピーク、それはかつて、ゴンベにまだ研究者が入っていなかった頃、ゲストハウスも何もない場所で、たった1人でこの地に入り、チンパンジーの研究を始めたジェーン・グドールの名前にちなんでいる。彼女は、それまであくまで個体番号をつけられる対象だったチンパンジーを名前でよび、チンパンジーが道具を使うことを発見、彼女の研究成果によって、ゴンベは国立公園となったのだ。付近の山々と、タンガニーカ湖が見渡せるこの場所で、双眼鏡を片手に、1人チンパンジーの姿を追っていたジェーン。ゆったりとした時がそこには流れているような気がした。

 ジェーンズピークを後にし、ゲストハウスに戻る。もうひとつのグループは、なんとチンパンジーが群れでレッドコロブスの狩をするシーンにでくわしたという。それも群れのチンパンジー総出での狩だったようで、写真撮影に夢中になり、チンパンジーが真横を通っていたのも気づかなかった人もいたとか?!  📷 ヒヒ。その日の午前中チンパンジーに出会えなかった私たちのグループは、腹ごしらえをして、午後もう一度チンパンジートレッキングに挑戦。例の狩の現場へとむかう。

 「このあたりだ、ここから中へ入ろう。」やぶをかきわけ、枝をはらい、坂道をのぼり、ぐんぐんと森をわけいって奥にはいっていく。道なき山道をのぼり、這い上がり、その時私はガイドのすぐ後ろについていた。少し高くなった岩場に着いたとき、いた!チンパンジーが、私の目の前に。ほんのちょっと離れた、目の前に。  一瞬、静寂が私をつかみ、息がとまる。チンパンジーはまるで私たちのことなど気にすることなく静かに岩の上に座り、枝の間から何かを見上げていた。わずか数秒の間。そして彼女は去っていった。後方の人々が岩場にたどりつく前だった。

 その後私たちは狩の余韻が冷めぬチンパンジーの群れにでくわした。あそこにも、ここにも、あ、あそこにも。数頭のチンパンジーの後ろ姿がみえる。まだあらたな獲物にありつけるチャンスを狙っているらしい。 あまり大きな音をたてないよう、ゆっくりと近づく。ある程度の距離までくると、私たちはそこに腰をおろして、彼らを観察させてもらった。  わずか数メートルのところで、野生のチンパンジーが、何気ない日常をおくっている。彼らはこんなお客さんたちにも、もう慣れているのだろう。時々、がさがさと私たちのたてる物音にこちらをちらっとむきはするものの、ただただ、彼らの時間を過ごしていた。 枝にぶらさがって遊ぶ子ども。毛づくろいをする親子。はしゃぎまわる子ども。時々子どもたちから、クークーと一定の間隔で鳴き声が聞こえる。熊本のチンパンジーサンクチュアリで働いている方が、あれは「チンパンジーが笑っている声だよ」と教えてくれた。

📷 撮影:寺本 研さん-お気に入りの一枚を送ってくださいました。 どっしりと腰をおろしていた雄のチンパンジーが、おもむろに体を起こし、歩き出す。誰かが鳴き出すと、それに呼応して、いっせいに大きな力づよい声がこだまする。私はここにいる、僕はここにいる、お互いの場所を知らせあう。 結局1時間、いやもっと?私たちはそこで、ゴンベのチンパンジーの日常を垣間見せてもらった。そのわずかな間、私たちは、彼らと同じ空間を共有していた。

 正直なことをいうと、私は「野生の動物」や「自然保護」に対して特別強い感情をもっていたわけではない。こんな仕事をしていてなんなのだが、野生動物サファリにそれほど積極的な思いがなく、どちらかと言えば私の関心は、人であり、同じ時代に生き、自分たちとはまったく違う生き方をしている人々と出会うことであった。タンザニアに来る人には、何よりタンザニアのどこにでもあるような田舎にいって、人々と接し、子どもたちとたわむれてほしいと思う。

 ただ今回のゴンベへの旅は、私に新しい出会いとひとつのきっかけをもたらしてくれた。あのような場所がある、ということを体験としてわかっただけでも、これまでなんとなくの単語であったものが、より立体感を持って自分に迫ってくるようになる。 大自然に囲まれ、その自然に重なるようにおだやかなアントニーさん、国立公園でガイドとして働くゴッドフレイ、出会ったチンパンジー、夜浜辺で語りあったJGIスペインの人たち、私たちを笑いにつつんでくれたトランプマジック、そしてこの旅で出会った、参加者の方々。 帰りのボートで、「あんな風に彼ら(チンパンジー)にあうと、こうやってみる山の風景も違ってみえるよね」と1人の参加者の方がいってくれた言葉が印象的だった。  ダルエスサラームからの3泊4日、久しぶりの遠出。新しい人、新しい世界との出会い。本当に、いい時間をすごさせてもらった。

 今回のツアーに参加された皆さんに、この場をかりて、改めて至らない部分がありましたことをお詫び、そして感謝の気持ちを述べたいと思います。皆さんありがとうございました。そしてゴンベで素敵な時間を提供してくれた、JGIタンザニアのアントニーさんと、シャドラックさんにも心から感謝を!

(2008年9月15日)

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