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タンザニア歳時記・No.9   8月の海

金山 麻美(かなやまあさみ)

 8月は、海が落ち着かないという。

 ムゼートーマスとは、かれこれ10年以上の付き合いになるだろう。我が家に長年にわたり新鮮な海の幸を提供してくれているありがたい御仁だ。出入りの魚屋さんって感じかな。現在推定年齢50代半ば、ドドマ出身。妻は多分一人。たくさんの子供と孫たちと一緒に住んでいる。  こちらの注文に応じるわけではなく、その時に手に入ったものを、時にはとてつもなく大量に持ってやってくる。エビが10kg以上!なんて時もあった。そんなときにも断らず、、人に分けたり冷凍したりして使いこなす。  魚市場で買うよりも値段が安いし、何よりも新鮮なものを届けてくれるのでありがたい。

親指くらいのエビの中には生きているのもいて、しばらくの間、塩水に入れて観察したこともあった。尾っぽのあたりが虹色に透きとおっていて、たくさんの足がしゃかしゃか動いているのもおもしろく、眺めていて飽きない。結局死んでしまうのだけど。

 イカも、えんぺらがほんとに透明で、目の近くを触ると黒と青の斑点がシャワシャワと動いて、もちろん吸盤はべったりと吸い付いてという、もうそのままかぶりつきたくなるくらいのまさに取れたて!というイカを届けてくれることが多い。もちろんその日の晩にはおいしいお刺身がメニューに上がる。

 イカをさばくとお腹の中から出てくる出てくる、小魚たち。ほとんどそのまま残っていることが多く、食べたてだったのだろうと思わせる。自分の体の半分もある大きさの魚をくわえ込んだやつもいる。9歳の娘の知世は、イカの中から出てくる小魚たちが興味深いらしく、手のひらの上に載せてじっと観察している。時々「かわいい…」と言っているのは、ちょっと私の理解を超えているが。  蚊をつぶした時に、手のひらにべっとり血がついたときもそうだけど、このイカたちも、餌の魚を満腹に食べて、「余は満足」というそのときに捉まったのか、と思うと、人生の教訓を読み取るようでもあり、なんだかしみじみと「もののあはれ」を感じたりもする。

   ここしばらくの間、ムゼートーマスが現れないので、我が家のストックが枯渇しつつある。先日、ムゼートーマスの家に催促に寄った時にきいたのだが、時季があるそうなのだ。  エビは雨が降ったりした後の海の水が濁った時によく取れるそうで、イカはそれとは反対に風が無く、海の底まで見えるように澄んだときが豊漁となるそうだ。  今は、どちらでもない端境期…。  ちょうど風の向きが変わる時季のようである。

 木造帆船ダウは、インド洋特有のモンスーンに乗って、数千年にわたって東アジアとインド、アラビア、アフリカを結び付けてきた。香辛料、陶磁器、ナツメヤシの実、真珠から宗教、様々な文化や人々を運んできた。モンスーンに乗って東から西へ、西から東へ。

 そのダウのスケジュールは、南西モンスーンが弱まる8月下旬(8月20日)が一年の航海期の始まりと考えられるそうだ。翌年の5月末に終わるまで、3回の航海期に分けられたという。ここら辺からは、家島彦一氏の「海が創る文明」(朝日新聞社)の受け売りなのだが、8月下旬から9月上旬までは、(その前の4月上旬から5月末までの期間もそうだが)「東アフリカ海岸から、南アラビア、ペルシャ、インド西岸へ」と向かう南西モンスーンの時季なのだ。(10月中旬から3月末までの北東モンスーン航海期はそれと逆方向へ向かう)  「5月中旬から8月中旬までの約3ヶ月間(百日)は、南西モンスーンが強く卓越して、ところによっては激しい雷、嵐と豪雨の日が続くので、海の閉鎖期(ガラク・アル=フバル)と呼ばれて遠洋の航海活動は行われ」ないのだそうだ。

   今は、ちょうど海の流れが変わる時季なのだ。

 今もインド洋沿岸の人々の大切な足、商売道具であるダウは、新たな航海期の訪れを浜で待っているのだろう。  漂っている?イカやエビもその頃には落ち着くだろうか。  私は包丁を研ぎながらイカ刺しをつくる日が来るのを待つことにしよう。もうすぐだ、きっと。

(2003年8月15日)

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