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Habari za Dar es Salaam No.12   Ukavu ― 旱魃(かんばつ)―

根本 利通(ねもととしみち)

 3月も中旬になっても、ダルエスサラームでは晴天が続いていた。雲一つない青空が広がり、大雨季の予兆すらない。2月に3日間ほど強い雨が降り、雨季近しを思わせたきり乾いている。雨季には泥濘となる我が家の周りの道も乾いていて、快適に飛ばせる。それはいいのだが、仕事柄全国へ出かける我が社の運転手たちからも、ソンゲア、ムベヤ、イリンガ、モロゴロ、ドドマ、タボラ、キリマンジャロ、タンガなどでも降っていないという報告が入る。

 ソンゲア、ムベヤ、イリンガ、ルクワはタンザニアではBig 4と呼ばれる穀倉地帯である。そこで小雨季に植えたトウモロコシが立ち枯れになっているというのは重大である。このまま大雨季の雨が遅れたら、間違いなく旱魃、凶作、食糧不足がやってくる。気象の中期予想では、リンディ、ムトワラといった海岸地方が悪く、ムベヤ、イリンガ、ドドマ、タボラ、モロゴロ、タンガ、キリマンジャロ、アルーシャといった中央の大半も平年またはそれ以下の降水量の予測。唯一マラ、ムワンザ、カゲラ、キゴマといった湖水地方が平年またはそれ以上の予測である。農業省は3月11日に旱魃警報を出した。

 ダルエスサラームで雨が降らないと、個人的には「暑い」のが続くから困るのだが、ルヴ川やルフィジ川の上流の水源地帯に降らないと、乾季には断水、そして停電がやってくる。前回の旱魃(93年?)の時は、週7日停電を経験した。つまり昼間は全く電気が来ないのだ。その当時より火力発電所も増えたから多少ましかもしれないが、依然として水力発電に頼る比率は高いし、当時よりダルエスサラームのビルや人口も増えているから、電力事情に余裕がないことは間違いない。

3月22日、久しぶりにダルエスサラームで強い雨が降った。30分ほどだが、あっという間に道路に水が広がり(排水が間に合わない)、前が見えなくなるような雨だ。イリンガ、モロゴロでも降水の報告が入る。このまま雨季に入るか、間に合うか、祈るような気持ちで雨を見つめる。

  それから1週間、ダルエスサラームには雨雲が広がり、時々ぽつりとは来るのだが、これぞ大雨季という強い雨はない。道路の一部に水溜りが出来ているが、まだ広がりはない。南の穀倉地帯では降りだしたというニュースは入るのだが、果たして‥‥

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 ついにブッシュマンの戦争が始まってしまった。この間の日本政府の対応は余りにも日本人として恥ずかしい。同盟国というよりまるで属国だ。アンゴラを含めたミドル6が脅しやすかしにも動ぜず、中間派をつらぬいたのはよかった。東ヨーロッパにアメリカの侵略支持が多いのは共産主義の後遺症だろうか。

 アフリカ諸国で3月20日の開戦当時から、米英の支持を鮮明にしていたのはエチオピアとエリトリアの2カ国だけだったろうと思う。その後1週間ほどして、ウガンダとルワンダがそれに加わったらしい。ウガンダはスーダンに基地を置く反乱軍に手を焼いており、スーダンにアルカイダが一時期根拠地を置いていたからだろうか?しかし東アフリカではタンザニア、ケニアははっきりと反対している。タンザニアの政府機関紙では、米英の行動を「Invasion」と標記し、毎日爆撃でやられたバグダッドの人々の写真が第一面を飾る。

  理念とは別にこの2カ国にとって、この戦争は打撃だ。観光業に頼る比重の多いこの国々にとって、1月に出されたアメリカ国務省とイギリス外務省のテロ警告は響いていたが、戦争が始まってイギリスによる渡航自粛勧告が追い討ちをかけ、旅行のキャンセルが続いている。モンバサやザンジバルなどイスラム色の強く、アルカイダの活動地域と米英がみなすところはきつい。全く無責任な話である。タンザニアの石油備蓄は1ヶ月余りということだし、ガソリン代はじわっと上がっているし、早く終わってほしい。観光は本当に平和産業なのだと思う。

(2003年4月1日)

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