• 白川

Habari za Dar es Salaam No.170   "Hatimaye DART yaanza" ―DART やっとこ発進 ―

根本 利通(ねもととしみち)

 2016年5月10日、DART(ダルエスサラーム高速交通)が運行を開始した。やっとこさという感じで、1年遅れ、いやもっとだろう。期待するのを忘れ、話題にもあまりならなくなっていたが、完成した駅を通勤途中に見かけるから、いつから始まるのかなと思い出すように気になっていた。

📷 モロゴロ・ロード工事中(2012年10月)

 プロジェクト計画が発表されたのはいつだったか。2012年10月の工事の写真があり、、ダルエスサラームの市内道路の渋滞は深刻化していたから、工事は少なくともその年の前半には始まっていただろう。計画自体は2003年から始まっていて、2025年にはダルエスサラームの人口が1,150万人に達するという予測に依ったものだという。資金は世銀で1億3440万€、元請けはドイツの建設会社で、駅などの付帯設備担当は中国の会社であった。

 ダルエスサラームからドドマに首都の移転計画が発表されたのは1973年である。それは当時盛んに謳われていた国策としてのウジャマー社会主義の理念に合致していたものだった。つまりダルエスサラームへの一極集中を避け、地方の自立、分権を目指す。国家の防衛の観点からも国の中央部にあるドドマが望ましいとされたのだ。しかし、その後40年以上経過したが、移転は遅々として進んでいない。しばらくは旧首都、新首都という言い方もされていた。1980年代の後半に、ドドマが法律上、正式にタンザニアの首都になったはずだ。しかし、大統領をはじめほとんどの行政府、司法府は依然ダルエスサラームにあり、従って外国の大使館やマスメディアもダルエスサラームにいる。1996年に国会議事堂が建てられ、2000年代に入って国会が常にドドマで開かれるようになり、立法府の移転は終了した形で、立法首都にはなった。

 しかし、中央部で半乾燥地帯のドドマには水が十分ではなく(ダルエスサラームでも十分とは言えないが)、多くの人口を支えるのは無理だろうなと思ってしまう。既得権があり、家族にビジネスをやらせているだろう国家公務員が移転に消極的なのはわかる気がする。ということで実質的な首都機能は依然としてダルエスサラームが担っているのだが、もはや500万人を超えているであろう人口に、都市機能は到底追いついていない。電気、水道、道路というインフラだ。植民地時代に40万都市を想定して都市計画が作られ、狭い市の中心部に向かって4本の幹線道路が走る。公務員もビジネスマンも皆その中心部を目指すから、朝夕の交通渋滞はひどい。首都機能の移転が無理なら、せめて副都心構想でもと思うのだが、今のところ聞いていない。市の中心部に向かう道路の拡幅とか、日本の援助で4車線になったセランダー橋の脇に新橋を建設するという話ばかりを聞く。

📷 1億ドルの夢 『The Citizen』2014年11月20日号

 渋滞緩和のために4年前に既存の線路を利用して市内列車を運行しだしたが(「ダルエスサラームの市内交通」参照)、そんなものではびくともしない。このDARTは、4本の幹線道路のうち、もっとも交通量の多いモロゴロ・ロードを通るから、その工事中は主に迂回してバガモヨ・ロードを通る車両がど~んと増えた。私の通勤ルートである。自宅からオフィスまで7㎞だから、渋滞さえなければ15分で走るところが、1時間かかったり、最悪2時間以上かかったこともあった。8時始業のオフィスに出るのに7時に自宅を出ていたのが、渋滞を避けるため6時半発になり、6時15分発になり、今や6時出発でも遅いかなという状況が続いている。それだけタンザニア人の通勤者も早く出てきているわけで、バス通勤者が6時前にオフィスに着いていると頭が下がってしまう。

 さて、そのダルエスサラーム渋滞の抜本的対策として期待されたDART(高速バス専用レーン)計画である。2013年3月の新聞記事を見てみる。世界銀行がこのプロジェクトのために追加で1億ドルの融資を決めたことがメインである。総額で2億9千万ドルになったということである。総計20.9㎞のモロゴロ・ロードの本線に、140人乗りのバスを148台走らせて、30万人の乗客を運ぶ。さらに支線ルートに60人乗りのバスを100台投入するという。資本は4090万ドルの官民連携会社とされている。それは運輸局(SUMATRA)とダラダラ・オーナー協会の協力で出資を募るか、国際企業に委託するかとなっていた。

 2014年11月の新聞記事はまだ希望にあふれている。「来年6月に操業を開始すれば、年間1億ドルの収入をつかむ」という。この時、想定しているのは運賃が片道500シリングで、1日の利用者が46万人である。単純に、1,000シリング×46万人×365日=1679億シリング=1億ドルという計算である(当時の為替レートは$1=Tsh1,700前後)。市内バス(ダラダラ)の片道運賃が(区間・距離にもよるが)、Tsh400~750だったことを考えると、片道Tsh500という設定は当時としては穏当であったろう。しかし、この読みは結果甘かったことになる。

📷 暗雲漂う 『The Citizen』2016年1月14日号  しかし、暫定運行期間が始まると予告されていた2015年4月にも、一向に工事は完成せず、専用バスの姿もなかった。新聞記事によれば、この段階で完成まであと1228億シリング(当時のレートで約6300万ドル)必要とある。190人乗りのバス(1台が25万~30万ドル)が177台、90人乗りのバスが135台必要だが発注されておらず、これでは政府のいう6月運行開始も不可能だ、どの会社が暫定期間の運行をするのかも決まっていないという。ちなみに暫定運行期間は3年、その後正規の運行期間は10年といわれていた。

 「独立後50年も経って、タンザニア人はバスも運行できないのか」という記事も出た。国内の会社として最有力なのは、UDA(ダルエスサラーム交通会社)という元々は社会主義時代にダルエスサラーム市内バスを独占運行していた公社が、半官半民になり、現在数十台のバスを保有し、ダラダラと競って市内バスを運行している会社であった。UDAがダラダラ・オーナー協会と共同出資して新会社(Uda-RT)を設立し、150人乗りのバスと80人乗りのバスを合計76台購入し、9月15日からの暫定開業に間に合わせるという報道があったのも同じ4月であった。これはその10月に退任するキクウェテ大統領に開通式をさせたいというタンザニア政府と、早く開業させるため外国の企業に運行を委託しようとする世銀の思惑とがぶつかっていたように思われる。

 結局、Uda-RTが2年間の暫定期間の運行の許可をとったのだが、その開始はキクウェテ政権の花道を飾ることはできなかった。10月段階で350台必要とされているバスのうち、輸入が終わっていたのは140台、ただ登録が終わっていないという状態だった。11月にマグフリ政権が発足し、この案件は建設大臣だったマグフリの面目にも関わることなので、新首相となったマジャリワの行動、発言が目立つようになった。すでに完成している部分の舗石が持ち去られたりとか、使用開始前の破損の噂も流れた。ムランボDART総裁は、一部区間の補修とか電子チケット導入の技術的困難を遅延の理由に挙げたが、支線を除く本線の2015年内開業を示唆していた。しかし、結局運行に至らず、ムランボ総裁は12月23日更迭されてしまった(今年になって起訴された)。マジャリワ首相は1月10日運行開始を示唆した。

📷 運行開始(2016年5月)

 2016年が明けて早々、大きな争点は運賃であることが明らかになった。Uda-RTの提案した運賃のTsh700、1,200、1,400(学生は半額)が運輸局の公聴会で拒否されてしまった。Tsh1,400というのは本線の最長区間の運賃ものらしいが、現在のダラダラのTsh400、500、700と対応しているのだろうか。だとすると約2倍ということになる。これでは低所得層、特に子どもを抱えている家庭には大きな負担となる。しかし、Uda-RTはこれはコストが取れるぎりぎりの運賃で、無理なら政府の助成をと主張し、暗雲が漂い始めた。さらにUDAの所有者であるサイモン・グループが同族会社であり、唯一の同族以外の取締役が当時の大臣だったことが、公社だったUDAの売却・民営化にかかわるきな臭さを示した。また運輸族の元大物政治家の介在も噂された。

 2016年4月になって、運賃の最終発表はないままに、試運転が始まり、5月10日には正式に運行が開始されると発表された。今度こそ本当かなぁと、市民たちはあまり期待もなく待った。この完成したバス専用レーンは、一般車両は通行禁止だが、バイクはよく走っていた。乗客を乗せない試運転中のバスがバイクと衝突して、「まだ誰も乗せないのに、1人殺した」と口さがない雀が鳴いた。

 さて、5月10日10時、何とか運行が始まった。最初の2日間は運賃無料ということで、大混乱だったらしい。やっと前日に発表された運賃を見ると、最長距離区間(Mbezi/Kivukoni,Kariakoo,Morocco)が800シリング、中間距離が650シリング、最短距離が400シリング、学生200シリングとなった。当初の目論見の55%程度で、学生は一律になった。従来のダラダラから見ると200シリング増ということで、庶民にも許容限度内だろう。これで会社として採算が合うのかどうかはわからない。補助金に頼るのか。また自動改札で切符購入ということだが、650シリングなんて設定をして果たしておつりは?停電の時は?と心配になってしまう。無料運行の期間、超満員のバスの乗降口ではすりたちが大活躍だったらしい。 

📷 運行中の車内(2016年5月)

 無料運転期間はダルエスサラーム州知事の鶴の一声(?)で延長され、結局6日間になった。これは市民へのサービス、人気とりか、あるいは改札などの準備が遅れていたのか。5月16日(月)から有料の本格運転になった。さて本格運行の初日、乗ってみたわがスタッフの体験談である。彼は始発のMbeziに住んでいるから街中まで1本で来れるから便利なはずだった。…が始発駅にはバスの姿はなく、ダラダラでKimara Mwisho駅まで行って、そこから乗った。つまり開通したのは街中からKimara Mwisho駅までで、そこからさらに郊外のMbezi駅までは未完成らしい。またカードはまだ使用されず、一人一人が窓口に並んで切符を買っていたから時間がかかり、かつ途中でおつりがなくなって大混乱だったそうだ。彼は結局1時間ほどオフィスに遅刻してきた。また新聞記事によれば、MbeziからKimaraまで400シリング払って乗って、そこから街中まで乗り継いだお客は、通しで最長区間の800シリングで乗れるはずなのに、Kimaraからの料金650シリングを取られ、合計1,050シリングだったとぼやいていた。未完成なのにMbezi~街中の運賃は何のために発表したのだろうか。

 最初の1週間は大混乱だからと乗るのを敬遠していたスタッフたちも、週末(21日)あたりから乗り出した。まだカードは発売されておらず、切符式のままだという。650シリングという運賃設定は、やはり50シリングのおつりがなく、700シリング取られた乗客が多いらしい。最初から仕組まれた運賃だという人も多い。ゲートで切符のバーコードを読み取るのだが、その機械の読み取りがうまくいかず立ち往生したという話も聞いた。また本線から支線に乗り換えて、バガモヨ・ロードのMorocco駅まで来られるのだが、この支線のバスの数が少なく、2時間という切符の有効時間が切れてしまったという話も聞いた。

 それでも、Kimara地区に住んでいる人たちにとっては、町なかまで40~50分程度で通勤できるというのは便利だろう。利用した人たちの評判は一般にいいようだ。朝5時からダラダラのバス停に並んでいたのが、6時でいいから朝ゆっくりできるとはUdartの代表の言。彼によれば5時~24時の間の運行だが、21時以降は極端に本数が減るという情報もある。5月27日のUdartの発表によれば、現在105台のバスが運行中で、1日の平均乗客は128,000人、Kimaraからの本線だけで40,000人の利用者がいるということだ。

 5月26日にいよいよ、カードが「来週」に導入されると発表になった。「来週ってことは5月30日(月)かな、それとも6月1日かなぁ?」とスタッフに聞くと多数意見は月曜日からだろうという答えだった。カードを売り出し、不足したらM-PesaでUdartの銀行口座に振り込むという。でも…30日にはスタートしなかった。やはり、と思ってはいけないのかも。5月31日もまだだった。今週中か…

☆参照文献☆  ・『The Citizen』2013年3月26日、2014年10月20日、2015年4月8日、16日、24日、27日、29~30日、8月17日号   2015年10月4日、11月19日、23日、25~26日、12月20日、24日、2016年1月4日、6日、11日、14日、22日号   2016年2月26日、3月2日、5月10日~11日、17日~18日、28日、31日号  ・『Mwananchi』2015年4月30日、12月24日、2016年1月3日、12日、2月4日、26日、3月23日、4月1日、8日号   2016年5月9日~12日、15~17日、24日、27日~28日、30日~31日号  ・『Daily News』2016年5月11日号

(2016年6月1日)

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