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Habari za Dar es Salaam No.23   Uchaguzi 2005-(1) ― 2005年総選挙、始動 ―

根本 利通(ねもととしみち)

 来年2005年はタンザニアでは総選挙の年。2期10年の任期を終えるムカパ大統領は憲法の規定で出馬できない。隣のウガンダのように憲法を改正して、3選出馬に道を拓こうという動きは今のところないし、これからも出ないだろう。昨年後半から大統領の健康状態の不安がささやかれ、長期国外( スイス)で治療に当たっていた。2月のドドマ国会では元気な演説をぶっていたが、スワヒリ語新聞では依然健康状態不安説が流され、政府がその新聞に強い警告を出しているなど、先々現大統領が院政を敷く=強い影響力を残すことはありえない状況になっている。

 そうなると次の大統領候補に興味が集まることになる。今までタンザニアの大統領は3人。ニエレレ(1962~85)、ムウィニ(1985~95)、ムカパ(1995~2005)である。2代目のムウィニがザンジバル出身、ムスリムだったので、次はザンジバル出身、ムスリムの候補と言う噂があるが、成文化された規定はもちろんない。現副大統領はザンジバル人だが、大統領候補にならないだろうし、また他にもザンジバルに適任な候補者がいるとは思えない。ただムスリムから候補を出すというのはありうることで、現内閣のムスリム閣僚は街中の候補に上っている。  ただムカパ大統領はBBCとのインタビューで、ザンジバル出身者にするというローテーションはないと明言している。 また本土出身者のムスリムが大統領になると、副大統領はザンジバル出身者になり、それは99%ムスリムだから、正副大統領ともムスリムになるということはないから、大統領は本土出身のクリスチャンだといううがった説もある。

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 タンザニアの過去2回(1995年、2000年)の多党制下での総選挙に参加した政党は13政党である。現在は16政党が登録されていて、来年の総選挙に向けて、更に新しい政党が登録を申請している状態であると言う。 ただ現実に新風を巻き起こせそうな新しい野党の指導者は不在で、10年前と同じ状況で来年の選挙が行われそうだという面白くない=民衆が興味を示さない状況である。

 現在国会に議席を持っている政党は与党のCCM(革命党)以外では、CUF(市民統一戦線)、TLP(労働党)、CHADEMA(民主開発党)、UDP(統一民主党)、NCCR(建設改革全国会議)の5党だけである。これは1995年、2000年とも変らない。正確に言うと1995年NCCRの大統領候補だったムレマが2000年にはTLPの候補になったので、1995年には弱小政党で議席がなかったTLPが議席を獲得し、NCCRがその分没落したという変化はある。ただ大統領選挙に関しては、2回ともムカパ(CCM)、ムレマ(NCCR→TLP)、リプンバ(CUF)、チェヨ(UDP)と同じ4人の顔ぶれで争われ、来年ムカパに代わってCCMは新しい候補を擁立するが、野党は下手すると全く同じ顔ぶれになるかもしれないという、新味の乏しさはある。

 そうなるとほぼ当選確実なCCMの候補者の選択に興味が集中することになる。CCMのマリチェラ副議長は「CCMがあと100年政権を担う」と豪語しても、誰も疑問には思わない状況である。CCM政権の形式上のナンバー2であるシェイン副大統領は全く問題とされておらず、ナンバー3であるムセクワ国会議長は「私は引退する」と表明したし、ザンジバル代表で唯一候補になりうるアマニ・カルメはもう一期ザンジバル大統領を務めると思われている。

 CCMのスケジュールによると、その大統領候補は来年の4月末に選ばれることになっている。CCMの中央委員会(CC)が候補者を6人にまでしぼり、CCMの全国執行委員会(NEC)に推薦する。NECはそれを3人にまでしぼり、CCMの全国会議にかけ、2000人の代表の過半数を取った候補者が、CCMの大統領候補として、2005年10月下旬に予定されている総選挙に臨む。CCMのザンジバル大統領候補も同じ手続きで選ばれる。

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 対する野党はCCMの圧倒的優勢の前に、有効な対抗手段をもたずに、その揺さぶりの前に四分五裂の状態である。1月下旬にダルエスサラーム予定されていたTLPの全国大会は、裁判所の命令で開けなくなった。TLPの副議長など幹部の申請を裁判所が受けて停止命令を出した形だが、TLPは裏ではCCMの指令があったと信じている。ムレマはもう落ちた偶像になったと言え、来年出馬してもCCMの脅威にはなりえない。NCCRやUDP、CHADEMAも同じような状況である。

 CCMが圧倒的に強いタンザニア本土では、野党は勝負になる候補を探すこと自体が難しい。今まで勝負になった候補のほとんど(当選者を含め)は、予備選挙でCCM候補になれなかった、あるいは現職のCCM候補に対抗する人物が野党の肩書きで出馬するケースだった。 今ある選挙区で現職大臣が地元の面倒を見ないというので、対抗馬にCUFがダルエスサラーム大学教授を担ぎ出そうとして、その情報を聞いたCCMが慌ててその教授の出馬を止めようと、自宅を訪問したという話を聞いた。選挙戦はもう始まっている。

 来年の選挙で、真に勝敗が問われるのは前2回と同じザンジバルの選挙であろう。CUFという強力野党がザンジバルには健在である。CUFも2月末に全国大会を開き、その議長、書記長などの改選を行った。リプンバ議長(本土出身)には対抗馬が出て、投票となって再選されたが、書記長のシャリフ・ハマドには対抗馬が出なかった。ハマドがまた来年のザンジバル大統領選挙の候補となるのだろう。 若きザンジバル政府首相としてその将来を嘱望されたハマドだったが、ニエレレと袂を別って野党候補になってからは、投獄を含めて苦難の道を歩んでいる。ペンバ出身者の輿望を依然として担っていることは間違いないが、新味に欠けることは否めない。CUFの全国大会の際に「CCMは私がザンジバル大統領選挙に立候補するのを阻止するために、細かい法律的な穴を探している」と新聞に語ったようだが、それはブラフというか、ややあざとい駆け引きで、またかと言う気がしないでもない。

 ザンジバルでの選挙で常に揉めるのは選挙人登録である。タンザニア本土を含め、恒久的な選挙人名簿の作成と身分証明書の発行を野党は要求しており、今回の国会の臨時予算でそれは予算的には認められた(184億シリング)。ただザンジバルの憲法では、ザンジバルで選挙登録できるのは、親がザンジバル出身であることが原則となっており、本土出身者は10年以上連続してザンジバルに居住したことが条件となっている。 観光ブームに乗ってザンジバル東海岸に建設された外国資本によるビーチリゾートには、マサイのガードマンが雇われており、彼らには資格はなく、またCUFにより「本土に帰れ」と排外的な挑発を受けたというマサイの主張が新聞をにぎわせている。これもCCMの宣伝の匂いもするが…。

 ザンジバル社会は排外的な雰囲気が多分に残っており、本土人とは違うという自意識がCCM、CUF双方にある。ダルエスサラームには多くのザンジバル人社会があり、選挙となると里帰りして投票する。どちらかというとそういう人たちはザンジバルで経済的に恵まれずに出稼ぎを余儀なくされたペンバ出身者に多いので、CCM側は里帰り投票を阻止しようとする。あるいは警官、軍隊、役人など本土出身者をザンジバルで選挙人登録し、CUFと拮抗した選挙区で勝利を得ようとする。ザンジバル選挙委員会が、来年までに選挙区の改編を人口比によって行うことが決まり、現在の50選挙区(ザンジバル29、ペンバ21)を40~55の選挙区に編成替えすることが与野党一致で決まっている。議員の運命を決する選挙区の改編は日本でも大騒ぎになるが、ザンジバルではイギリスの保護領時代から、何回か選挙区の改編が行われており、それは当然その当時の政権与党に有利になるように行われ、ザンジバルが独立前の1963年の選挙では、アラブ人側が総得票数では劣りながら、獲得議席数では勝るように選挙区は作られ、その結果スルタンを戴く立憲君主制として独立し、1ヵ月後には流血のザンジバル革命が起こった歴史を振り返ると、今回行われる選挙区改編が、「与野党一致」で行われるとは、到底思えないのだが。  

 今年2004年には、地方選挙が行われ、総選挙の前哨戦として、各政党の力量が試されることになる。CCMは昨年7月の予算案で、地方にかかる自転車、荷車、牛などにかかる細かい税を廃止し、「取れるところから取る=外国人や企業から取る」という方針を明らかにし、選挙に備えている。政権与党の誘導に対し、野党が現実的な対案を出せる様相は今のところない。 世界の最高の民主主義のモデルとされる国の大統領選挙がお祭りとして行われ、その中身の綻びが目立つ時代に、輸出された(強制された)ものでない草の根の民主主義が広がるかどうか、注目される。昨年来の旱魃で、現在暑い乾季で、大幅に食料の値段が上がっている状況で、民衆は期待できないお祭りに踊る気分ではないように感じられるのだが。

(写真は『Daily News』2004年1月27日号、2月10日号より)

(2004年3月1日)

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