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Habari za Dar es Salaam No.67   "Swahili Coast - Saadani to Tanga" ― スワヒリ海岸-サダニからタンガ ―

根本 利通(ねもととしみち)

 10月半ば、タンガからパンガニ経由サダニまで走った。これでダルエスサラームから北のスワヒリ海岸はケニアのモンバサ~マリンディ~ラムまで完走・制覇したことになる。制覇というとおどろおどろしい感じだが、サダニからパンガニまでは乾季でないと走れない悪路で、なかなか通る機会がないのだ。タンザニアを訪れて32年目にしての初の踏破という個人的な感傷である。

 ダルエスサラームからタンガ間では通常350kmという。ダルエスサラームから西へモロゴロ、イリンガ、ムベヤへつながる国道をチャリンゼまで約110km。そこで分かれて北上してモシ、アルーシャへ向かう道に入り約170km、分岐点であるセゲラに着く。そこから北東へ70kmほど走るとタンガに至る。全て舗装されていて、快適な5時間弱のドライブである。

📷 サダニ  1987年10月のことだったと思う。今からちょうど20年前になる。当時働いていたダルエスサラーム日本語補習校の先生2人+夫人1人とダルエスサラームからバガモヨ経由サダニを目指した。補習校の生徒のキャンプをやる候補地として、その当時動物保護区だったサダニを見てみようと思ったのだ。バガモヨとサダニの間にルヴ川、ワミ川という大きな川が流れていて、当時はフェリー(自分たちで綱を引っ張る舟)があった。10月でまだ乾季であったが、ワミ川からサダニの村に達するまでに車はスタックし(もちろん四輪駆動車だったが)、立ち往生した。私が村人に救援を頼みに行き、10人ぐらいの応援の村人たちが来てくれて、車に振動を与えて引き出してくれた。「ライオンもいるのかな」と少しだけ心配しながら、村まで歩いたことを記憶している。それ以降20年間今年の6月まで、サダニには行かなかった。

 今回走ったのはサダニからタンガまで。このルートを通れればダルエスサラームからタンガまでは270km、最短距離だ。この間のサダニ~パンガニの約80kmが未踏ルートである。20年前にあったフェリーの内、ルヴ川には橋が架かったが、ワミ川はフェリーがなくなり、通れなくなった。車で行く場合は、バガモヨから大きく迂回し、チャリンゼ~セゲラ間の幹線国道に出ないといけなくなり、近道ではなくなった。

 サダニは近年(2002年?)国立公園に昇格した。動物保護区に、近隣の森林保護区、牧場などを併合して国立公園になっている。面積が1,083km2。人口1,500人ほどのサダニ村は依然存在しているし、北部の集落も残っている。またワミ川沿いの塩田もライセンスが2017年まで残っているようで、小さな公園を走り、野生動物を見て感動した後、すぐ自転車に乗って走ってくる人の姿を見て興醒めしたりする。

 人口圧が高い区域のせいか、野生動物の数も少なく、確実に見られるのはキリン、イボイノシシ、ブッシュバック、リードバック、ヴェルヴェットモンキー、バブーンなどで、他の国立公園より格段に落ちる。今回はシマウマ、ヌー、ハーテビーストも見た。ゾウ、ライオンもいるという。肉食獣に遭遇する可能性が非常に低いのが魅力に乏しい原因だ。ただ、公園内に含まれたワミ川のボートサファリはけっこう楽しい。カバ、ワニだけでなく、イグレットやヘロン、ハチクイ、カワセミの類の水鳥も多い。人間と共存しながら残されている生態系を見るというところだろうか。

📷 マジウェ島  サダニからパンガニ川南岸までは人口密度も低くなり、あまり手入れされていないサイザル農園などが広がっている。雨季には通れないだろう赤土の道が伸びている。タンザニアでは近年爆発的に携帯電話が普及していて、セレンゲティでもつながるほどだが、このルートでは通じにくくなる。

 パンガニ川の南北にビーチリゾートが点在し、ヨーロッパ人を相手に商売しているが、ビーチそのものは川の南岸がいい。そのウションゴ海岸に数軒のビーチリゾートがあるが、今年オープンしたドイツ人の若者アレックス経営のリゾートは、ダイビングセンターを併設している。彼に言わせると「World Best 10 Unknown Beach」として売り出すとのことだが、「知られざる海岸」はいくらでもあるよね、というチャチャはともかくとして、美しい砂浜と沖のさんご礁が続いている。沖にある砂洲Maziwi島は青ウミガメの産卵地として有名だったが、次第に海中に沈降し、樹木が砂洲になってしまった。ウミガメが産卵しても、海中に没するようになると孵化しないので、島に植樹するか、卵を移動させるかと研究されているようだ。サダニにも産卵場所があるようだ。島の周辺はさんご礁が広がり、熱帯魚の棲家として海中公園に指定されて、シュノーケリングやダイビングを楽しむ人たちがボートを雇ってピクニックにやってくる。

📷 パンガニの祭日  パンガニの町は県庁所在地であるが、小さな眠ったような町である。この通信のNo.61でも紹介した。7月になって町中の道路の舗装化が始まった。県庁の前からタンガに向かう道路のほんの一部分が舗装化された。今まで1mも舗装道路のなかった県だから、これは画期的なことかもしれないが、今のところ1kmにも達していないのではないか。反対側のタンガからパンガニを目指す道路も少し舗装が進んでいるが、全通するには何年もかかるだろう。

 パンガニ県は圧倒的にムスリムの多い地域である。今年のラマダン月から、ラマダン明けのお祭り(イディ)まで滞在していたら、イディの日は晴れやかだった。パンガニのフェリー乗り場では子どもたち相手の屋台やアトラクションをやっていた。皆お小遣いをもらってやってきたのだろう。日本の正月の雰囲気だった。イディの日にサダニからタンガまで走ったのだが、沿道は晴れ着を着た子どもたちの姿で溢れていた。本当にどの子もどの子も晴れ着をまとっていた。あるいは晴れ着を買ってもらえなかった子どもたちは表に出てこなかったのかもしれないが、この格別豊かとは思えぬ農村・漁村地帯で‥と目を瞠った。タンガで日雇いをしている男に後日聞いたら、3人の子どもたち全員に、それぞれ新しい服2着と靴を買ってやるのに、245,000シリング(約2万5千円)かかったと言っていた。彼の日収は15,000シリングだから、その16日分に当たる。お父さんは大変だ!ということになるが、ムスリムも子どもの学費が大変だからと産児制限をする世代になりつつある。

📷 トンゴニ遺跡  パンガからタンガまでは約50㎞。沿道には「シーラカンスの獲れる村」として売り出し中のキゴンベ村があったり、パンガニ川南岸とは違って、かなり手入れの行き届いたサイザル農園が広がっている。

 その途上にトンゴニ遺跡という小さな都市国家の遺跡がある。14~15世紀の遺跡で、バガモヨ南郊にあるカオレ遺跡に似た感じだが小さい。モスク中心に貴族の住居、墓跡が広がっていて、マングローブの入り江につながっている。その住民規模はクリスチャンの案内人は「100人くらいではないか」と適当なことを言っていた。もう少し多いと思うが、都市国家というより、その駐屯地のような感じだった。

 ペンバ島、マフィア島や南部のミキンダニ周辺の遺跡をまだちゃんと見ていないのだが、スワヒリ海岸にはこのような、(代官)駐屯所がたくさん存在していたのではないかと思われる。ラム、モンバサ、ザンジバルやキルワといった巨大な都市国家と各地に点在していた小さな駐屯地との関係を示すものを探したいと思った。

(2007年11月3日)

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