Kusikia si kuona No.26 座馬耕一郎『チンパンジーは365日ベッドを作る』
相澤 俊昭(あいざわ としあき)
座馬耕一郎『チンパンジーは365日ベッドを作る-眠りの人類進化論』(ポプラ新書、2016年3月刊)
『チンパンジーは365日ベッドを作る』を読んだ。この本は野生チンパンジーの研究をしている京都大学の座馬耕一郎さんが書いた本だ。調査地は野生チンパンジーで有名なタンザニアのマハレ山塊国立公園。タンザニアの最も西側、タンガニーカ湖畔にある国立公園だ。数あるタンザニアの国立公園の中でも、もっとも辺境なところにある国立公園じゃないかと思う。あの有名なセレンゲティ国立公園の2013年訪問者数が452,485人に対して、マハレ国立公園はたったの1,094人。この数字だけを見ても、その辺鄙さを表しているように思うが、ダルエスサラームから飛行機とボートを経由して、わざわざ行くだけの魅力がマハレ国立公園にはあると思う。
マハレ国立公園は1965年以来、京都大学を中心とする日本人の研究者によってチンパンジーの調査が続けられている。去年、チンパンジー研究が始まってから、ちょうど50周年を迎えた。長い間、調査が続けられ、チンパンジーの社会構造など様々な発見が見つかっている。この本は、その中でもチンパンジーの「眠り方」を通して、私たちヒトが辿ってきた、人類の眠りの進化を見ていこうという本である。とても興味深いことやなるほどと思うようなことが書かれているので、ぜひ手にとって読んでもらいたいと思う。
著者がチンパンジーの眠りを研究するに至った経緯がちょっと変わっていて面白い。こんなちょっとしたきっかけや体験から疑問と興味を持って、研究が始まっていくのだなと感心してしまった。座馬さんはもともとはチンパンジーとシラミの関係を調査するためにマハレに入ったそうだ。(タンザニアに来る前に日本でもニホンザルとシラミの関係について研究していたそうだ。)シラミは、その生涯をチンパンジーの体でずっと過ごすそうだ。つまり、チンパンジーの体から離れることがないので、調査すること自体がなかなか難しい。野生のチンパンジーなので捕まえて、シラミを取るということも難しいだろう。
チンパンジーのベッドに眠る
そこで考えついたのがチンパンジーの作るベッドに落ちている彼らの抜け毛を採取してシラミを採取しようという方法である。チンパンジーのベッドといっても、人間のベッドのように地上にあるわけではない。低いもので5メートルぐらい、高いものだと20メートル以上の高さがある木の上に作られるそうだ。恐怖に足がすくみそうな高さだが、このベッドによじ登るところから調査が始まった訳である。ちなみに座馬さんは、これまで140のチンパンジーのベッドに登って、5,550本のチンパンジーの抜け毛を集めたそうだ。この数字を聞いただけでも驚いてしまうが、すごく根気と体力のいる作業だと思う。実際に登ってみると、そこにはチンパンジーのベッドがあるわけで、寝てみたら、ものすごく寝心地のいいベッドだったそうだ。(ちなみにその時は2時間半もベッドの上で過ごしたそうだ。実際にベットに寝てみるなんて、さすが研究者と思った。)それからどのようにチンパンジーのベッドが作られているかについて興味が湧いてきて、チンパンジーの睡眠を研究テーマにしたそうだ。
本書の内容はチンパンジーのベッドに隠された秘密、安心で安全な睡眠とは?、チンパンジーの寝相、さらにはヒトの眠りの歴史にまで話が及ぶ。些細なきっかけから始まったチンパンジーのベッドの研究がいろいろな話題へと話が広がっていくのが読んでいて面白かった。私たち、ヒトにもっとも近い動物のチンパンジーが作るベッドとはどのようなものなのか?そして、私たちヒトの睡眠とは?興味が湧いてきたら、ぜひ手にとって読んでもらいたい一冊だ。
(2016年4月20日)
*『Kusikia si kuona』とは日本語で百聞は一見にしかずという意味です。タンザニアで私が実際に見て、感じたことをこのページで紹介していきたいと思います。