• 白川

Upepo wa Tanzania 第4回 RAMADHANI(断食) 

池田智穂(いけだ ちほ)


📷  ラマダンは、イスラム暦の9月、新月から次の新月にかけて日の出前から日没まで一切ものを口にしてはいけないというイスラム教の慣習である。水を飲むのも駄目で、ハミガキ、うがいなどもタブーとされる。虚言、悪口、怒りも避けなければならない。生まれてから一度もラマダンを経験したことのない私にとっては初めての経験だった。(と言っても私は断食をしていたわけではないが…)

   いつもは昼に自転車で売っている姿を至るところでみかけるアザムのアイスクリーム売りもラマダン中は夜に活動をしていたし、いつも2時頃になると全て売り切れているオフィスの向かいの食堂も、3時頃に行っても人気の揚げ魚が残っていた。イスラム教徒でなくても、そんな日常的な場面でラマダンを意識した。JATAツアーズのスタッフも半数ほどがイスラム教徒のため、ラマダン中は「お昼を食べてくる」と彼らに言うのも何となく気がひけた。しかしその分、彼らは日没後にはいつもより豪勢に長い間食事を取る。まず日没後すぐにfutariといって軽く何か食べ、その後ご馳走を食べる。このfutariはイスラム教徒にとってはとても重要なようで、会社の前にいて夜通し警備をしているアスカリ達もホットジャーに食事を入れて持参してきていた。私の知人の一人はラマダン中は食費がいつもの倍はかかると言っていた。私の近所や、家のアスカリ(門番)もイスラム教徒が多いので、毎日夜家に帰ると皆が「Karibu Kufuturu!」と言ってfutariのお裾分けをしてくれた。私はというとラマダン中はいろいろとお裾分けをもらい食費は全くかからなかった。

 そのラマダンが明ける日をIdd el Fitrといい、その日から2日間は祝日となる。📷Iddの朝、いつものように5時半頃に近くのモスクからアザーン(礼拝の刻限を知らせる呼びかけ)聞こえてきた。いつもはこの声で私も仕事に向かう準備をするのが、その日は祝日ということもあり、もう一眠りした。7時頃目を覚ますと、まだコーランの音が聞こえる。Iddということで特別なお祈りのようだ。

  イスラム教徒にとって、Iddはキリスト教徒のクリスマスのようなものだ。皆盛大に祝う。新しい服を新調し、朝からご馳走作りに励む。住民の大半がイスラム教徒であるザンジバルでは、それは盛大にお祝いが行なわれているのだろうと思い、行ってみることにした。夕方に着いたので、何かイベントが行なわれているのではないかと期待して港のゲートを出たが、あまり普段の様子とかわらない。確かにいつもより人の往来は激しいし、皆きれいに着飾ってはいるものの、お祭りムード一色という感じではなかった。   それには選挙の影響があるようだった。町には警察の姿があり、すこしいつもの様子とは違った。ザンジバルはCUF支持者が多い。しかしそれをCCMが力で抑えているのだという。今回ザンジバルでは10月30日に選挙が行なわれ、CCMが勝った。それとIddが重なり、CUF支持者の多いザンジバルではなかなかお祭りモードにはなれなかったのではないだろうか。

📷 毎年Iddの日にはフォロダニとムナジムモジャで屋台や映画などが出ていると聞き、行ってみたがムナジムモジャには初日(金曜日)は何もなかった。フォロダニも、いつもより人が多い程度であまりいつもの様子とかわらなかった。イスラム教徒の友人によると屋台を出すのはペンバ(ザンジバルの北にある島)の人が多く、果物なども多くがペンバからきているが、CUF色がより強いペンバではCCMが勝ったということで、Iddのお祝いをするのはCCMが勝ったことを祝っているようで抵抗感があるのではないかということだった。

 2日目(土曜日)にムナジムモジャで少しだけ屋台が出ていると聞き、もう1度行ってみた。近づくにつれて段々と人の往来が激しくなり、ざわざわとした喧騒が聞こえてきた。 📷会場の一部がディスコになっているようだ。入場料はTsh1000。それを払えない人も会場の外で踊る。その他にも日本のお祭りのように、輪投げ(1輪Tsh25)、くじ引き、おもちゃ屋、カジノなどがあった。カジノはよく時代劇で見かける博打に似たルールのようだった。輪投げの景品は主にビスケットとお金。Tsh500札の束(といっても1番上だけが本物で後は紙切れだったが)を皆狙っていた。くじ引きも洗面器やバケツなどの日用雑貨が中心で、カラフルな容器を見ているだけで何だかお祭り気分になれた。日本のお祭りと違うのは写真屋さんがあること。   写真屋さんは小さな小屋になっていて中に入ると煌びやかな飾りがあった。それをバックに写真をとるらしい。仕上がりは翌日だということだ。やはりイスラム教徒にとっては記念の日なのである。

 今回は、誰に聞いてもいつもとは全く違うということだったので、選挙の影響がなければそれは盛大なお祭りだったことだろう。機会があれば来年また再トライしたい。

 帰宅すると、早速階下に住んでいるママが、「どこに行っていたの?Iddのお祝いに招待をしようと思っていたのに…」と話かけてくれた。彼らのIddはどんなものだったのだろう。きっと盛大だったに違いない。

(2005年11月)

  *Upepo wa Tanzania(タンザニアの風)では、あるスワヒリ語をキーワードに、池田智穂がタンザニアの日常について紹介していきます。

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